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大塚製薬

シリーズ大塚製薬物語

(7)オロナミンC誕生物語<後編>

もう止められない。爆発的なヒットへ

「誰もが飲めるおいしい炭酸栄養飲料」をコンセプトに発売されたオロナミンC。

広告イメージ当時、コカ・コーラが70〜80円で販売されていたところ、オロナミンCは100円。一般的なジュースよりはるかに高額な飲料だったのである。

この高い飲料を売っていくための基本方針は、「身近なところから消費者をつくる」こと。商店の人やその家族、問屋のセールスなど販売にかかわるありとあらゆる人に冷えたサンプルを配り、繰り返し飲んでもらった。オロナミンCの味の良さは多くの人の支持を受け、じょじょに販売数を延ばすこととなる。

経済復興の象徴ともいえる東京オリンピックの年(1969年)には、飲料市場の中で炭酸飲料がトップに踊り出たことで勢いを増し、1972年、オロナミンCの年間間販売本数は1億本を突破。 1976年には巨人軍を使用したCMがスタート。圧倒的な強さを誇った巨人軍と同じく、オロナミンCの人気も不動のものとなる。

オロナミンCはいつまでも元気

その後も1977年には年間販売本数5億本を突破、1981年10億本と、とどまることなく市場を席捲し続けたオロナミンC。だが、1980年代に入り新分野飲料と呼ばれる機能性飲料、スポーツドリンク、ウーロン茶などが発売され、飲料市場の多様化が進んでいく。1990年代には、従来なら売り物にはならないとされた緑茶やミネラルウォーターが爆発的に市場を拡大し、オロナミンCの影もじょじょに薄くなっていく。

そんなとき、大塚製薬は従来の巨人軍のCMに加え、話題性のあるタレントをつぎつぎに起用した広告で勝負に出る。オロナミンCといえば定番のコピー、「元気ハツラツ」が最近になって「元気ハツラツぅ?」に変化しているのも、こうした流れを受けてのものだ。

時代とともに新しく生まれ変わるオロナミンC。2001年には累計販売本数250億本を突破。いつまでも、多くの人に愛され続ける元気な飲料であることは間違いない。


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